この記事は、4人で分担して執筆し日本物理学会誌 Vol. 44, No. 10, 1989, pp.774-776 に掲載されたものです。共著者の御了解および物理学会の許可を 得て掲載させていただきます。 小柳義夫 国際的研究施設に関する国際会議 関口忠(横浜国大)、山田作衛(東大核研)、 小柳義夫(筑波大)、田中靖郎(宇宙科学研)  標記の会議 (Conference on International Research Facilities) は今年 3月17−19日の3日間ユーゴスラビアのザグレブで開かれた。この会議は、 大きな研究施設と予算を要する"big science"に携わる研究者の相互理解と、 国際協力の促進を目的として、1979年に始まったもので、今年は第4回目 に当たる。欧州物理学会が主催し、日本物理学会をはじめ、米国物理学会、中 国科学院、欧州科学財団、カナダ物理学者協会、更に、UNESCO, IAEA(国際原 子力機関)、CERN, ESA等の国際機関が共催している。会議は、オリエント急行 が走っていた往事の栄華と格式を今もとどめるHotel Esplanadeで行われ、世 界各国から約150名が集まった。日本からは関口(プラズマ・核融合)、山 田(原子核・素粒子)、小柳(素粒子・計算機)、田中(宇宙物理)が参加し た。  会議は大きく分けて(1)プラズマ・核融合、(2)素粒子・原子核・加速器、 (3)天文学・宇宙科学、の三つの分野と(4)big scienceに共通する問題の各セッ ションから構成される。通常の専門分野会議と違って、異なる分野間で、お互 いの学問的課題や国際協力の進め方を相互に理解し啓発し合うことに主眼を置 いたものなので、同じ分野の研究者の間では周知の事実が多く、新味に欠けた のはやむを得ない。 プラズマ・核融合分野では、大型の研究施設を必要とする核融合がやはり中 心となり、次のような講演があった。 1) 最近のJETの成果とその磁気閉じ込め核融合炉の実現に向けての意義(EC・ JET-TokamakのP. H. Rebut) 2) 日本原子力研究所のJT-60, 及び最近新しく発足した核融合研究所(大学 共同利用機関)で構想されている大型ヘリカル装置(LHS)を含む日本の磁気閉 じ込め核融合の全体的動向(関口) 3) 米国の動向(プリンストン大学プラズマ物理研究所D. M. Meade) 4) RF-Linacとstrage ringの組み合わせとinduction-Linac方式の二つの流れ を含む重イオン慣性核融合の世界的動向(Darmstadt GSIのR. Bock) 5) 超高出力レーザーの慣性核融合への応用、TeV領域への粒子加速及び高密 度pair-prodeuctionの(オーストラリアSouth Wales 大学のH. Hora) 6) 開放型プラズマ閉じ込め装置であるタンデム・ミラーを利用した小型DT (14 MeV)中性子源構想の世界的動向(ノヴォシビルスクのA. A. Ivanov & D. D. Ryutov) 7) 原子・分子物理の核融合プラズマ研究における重要性(スウェーデンのE. Kallne), 更に 8) マックスプランク・プラズマ研究所長のK. Pinkauは、核融合研究はgoal- orientedであって、装置の設計・建設・運転それぞれが研究目的である。この 点、一度完成すれば多くの研究者が多目的に利用する加速器や天体望遠鏡等と は性格を異にする。そのため目標達成に向けてleading-lineをどのように定め ていくかの戦略・戦術が重要であることを強調した。又、最近3年間の予定で 国際原子力機関の下に国際核融合実験が(ITER)共同設計チーム(EC, 日、米、 ソから各10名、計40名)が組織され、強力な、設計及びR&D活動が始まっ ていることを紹介した。最後にJETのA. Gibsonがプラズマ・核融合分野のまと めを行った。  素粒子・原子核分野では、やはり加速器関係の報告が多く、放射光関係を含 めると全体の半数に近かった。高エネルギー分野では、既に稼働中のCERN-SPS (M. Jacob)、FNAL Collider (L. Lederman)や、わが国のTRISTAN (山田)、建 設中のLEP (J. Thresher)、HERA (P. Soding)、更に計画中のSSC (C. Quigg) 等について報告があった。中間エネルギー分野では、大強度ハドロン加速器、 高輝度電子・陽電子コライダーの諸計画と、重イオン反応装置等が話題となっ た。ニュートリノ地下実験施設についての報告も1件あった。  全体的な印象として、素粒子・原子核分野の現状と将来を他の分野と対比す るには全貌のサーベイが不十分であった。例えば、SLC, BEBC, CESRからの報 告は無く、世界の数カ所で進められているLinear colliderのR&Dについても、 東西欧州や米国からも何も紹介されなかった。時間と出席者の制約上やむを得 ないが、残念であった。  一般的動向として、各国(各大陸)の将来計画には多様性と類似性が顕著に 見られる。GeV領域からTeV領域までの広いエネルギー範囲で、様々なタイプの 加速器が日本、欧州、北米で検討されつつあるが、類似の計画が多い。例えば、 大強度ハドロン計画では、わが国のJHP、欧州のEHP、カナダのKAON-Factory計 画がある。大輝度電子・陽電子衝突によるB-Factoryの場合はもっと類似の計 画が多い。報告されたのはSIN、UCLAの計画のみであったが、現に実験を進め ているCESR、DORISに加えて、日本、ノヴォシビルスク、SLACでも新計画が検 討されている。エネルギーフロンティアの陽子加速器では、欧州のUNKとLHCに 対して米国のSSCがある。しかし、どの計画も予算の確保は容易でなく、その 結果、国際的な"住み分け"と協力が促進されつつある。建設費のかさむ高エネ ルギーの大型加速器では、以前から国際協力が積極的に行われてきたが、比較 的エネルギーの低い加速器の場合にもその傾向が見られるようになった。大強 度ハドロン加速器の計画も、財源の制約から全てが実現するとは思えず、EHP については全く予算の目途が立っていないとのことである。カナダは計画を汎 用KAON-Factory一本に絞り、その特徴を強調して諸外国からの参加を強く呼び かけている。  この分野のまとめをG. Vogt (カナダTRIUMF)が行った。彼は、国際協力の形 態を、CERN型、Nationalプラス型、HERA型の3種に分類した。CERN型は多数の 国が国際協定を結び対等に参加する型で、ESA, ILL, JET等がそれである。 Nationalプラス型はKEK, UNKのように、一国の研究所が自立しつつ更に国際協 力で増力を計る型である。HERA型は一国が主唱者となり、諸外国に呼びかけて 参加を取り付け、参加国間の協議・協力で建設する型である。彼によれば、 HERA型は西独の発明であって、KAON-Factoryもこの方式で進めたいと述べた。 そして、今後の科学の大きな進歩は国際的な大施設のネットワークによっても たらされるであろうと結んだ。しかし、CERNのような国際機関は別として、あ る国が当初から外国の参加を当てにして建設計画を進めるには相当なリスクを 負うから、やなりその国が費用の大部分を負担して実現の確度を高めておかね ばならない。更に期待される成果で多くの国の研究者を引きつける魅力と、他 国政府に対する説得力が必要である。わが国としても今後、国内のホームベー スの施設充実と国際協力の間のバランスがますます重要な問題となろう。  スーパーコンピューターについては前回のロンドン会議でも話題になったそ うである。今回小柳は、米国のスーパーコンピューター環境との対比で、日本 の大学や共同利用研でのスーパーコンピューターの現状と、学術情報センター の高速ネットワークの報告をし、次いで、いわば国家的プロジェクトの規模に なりつつある格子ゲージ理論計算のための専用並列計算機(コロンビア大学、 イタリア、IBM, FNAL, 筑波大)の紹介を行った。ここで、汎用ベクトル計算 機と専用並列計算機のどちらが有利かという議論があった。しかし、スーパー コンピュータは加速器やプラズマ実験装置に比べて規模が一回り小さくて、国 際的施設というより国内研究施設の性格が強く、議論はもう一つ盛り上がらな かった。但し、開発途上国にとっては国際的施設の考慮も必要であろう。  天文学・宇宙物理学の分野では、電波望遠鏡・長基線干渉計ネットワーク、 大型光学望遠鏡、人工衛星計画について、現状と将来計画のレビューが行われ た。但し米国とソ連の計画については、当事国から発表がなく、片手落ちの感 は免れなかった。  天文学分野でも装置の巨大化と国際化が急速に進んでいる。光学望遠鏡につ いては(ESOのG. Setti)、欧州ではCERNやESAと同様な欧州機構ESOが、チリに 大型天文台を整備し、大いに成果を挙げている。一方、大口径の望遠鏡の建設 は世界中で目白押しに進んでおり、わが国天文界の悲願、ハワイ7.5m鏡JNLT計 画も今では世界第9位になってしまった。世界の第一線の研究に遅れを取らな いよう早急な実現が望まれる。大型望遠鏡は何処も満杯で、観測対象が多岐に 亘るため、一つの国際施設を国勢的に共同利用するというスタイルはなかなか 馴染みにくい。電波天文学分野については(スウェーデンのOnsala宇宙研究所 のR. Booth、オランダ天文学研究財団のC. Slotje)、大陸間規模の超長基線干 渉計(VLBI)が1/1000秒角という大変高い角分解能を達成している。ミリ波では 更に高い角分解能が得られ、クェーサーの中心角等、宇宙の謎に迫りつつある。 欧州ではVLBIネットワークEVNが整備されつつあり、米国では大規模のVLBA計 画が練られている。将来、わが国やオーストラリア等も加わった世界規模の干 渉計ネットワークの実現は当然の発展と考えられる。更に、地球の大きさで限 られる基線の制約を越えて、電波天文台を宇宙にとばす計画が、日本とソ連で 進められている。実行の暁には、世界中の電波天文台が一つのネットワークを 組んで共同観測するという画期的な事業が行われることになり、文字通りグロー バルな国際協力が実現する。  人工衛星によるX線や赤外線等の天文観測計画については、日本(田中)と ESA (R. Bonnet)からそれぞれ報告があった。世界的に人工衛星の機械は限ら れている。技術的にも予算的にも国際協力は不可欠という認識は徹底しており、 協力は積極的に行われている。  天文学関係のまとめはG. Bignami (伊)が行った。現代の天文学は電波から X線に及ぶ広い波長域に亘る。その結果、各波長間、あるいは地上とスペース との間の相互作用が活発になり、それが成果の飛躍的増大につながったことを 彼は指摘した。又、特にわが国の宇宙科学を取り当て、欧米に比べれば小規模 ながら、連続性を保って、着実に最先端の研究を進めている点を高く評価した。  最後にbig science全般のセッションで印象に残った話題を少し紹介してお きたい。J. Irvine (Sussex大学の科学政策研究者)はbig scienceの責任につ いて問題を投げかけた。big scienceはその性格上、今後ますます資本集中化 の方向に進むと予想される。しかし、大きな予算の獲得が他の科学分野の発展 を脅かすならば問題である。big scienceはみずからその重要性を証明してみ せる責任を負っている。fundamentalityはpriorityの一つの基準であろうが、 priorityの基準は常に多分野の発展と社会の要請に応じて変化していくことを 認識しなければならないと彼は指摘する。big scienceが引き続き指示を得る ためには、その成果の評価が不可欠である。評価の定式化の一つの方法として、 後援者は発表論文数といわゆるcitation indexを取り、他国が協力するCERNが 米国を追越したことをしめした。そのことは事実としても、この評価の妥当性 にちてはむかしから異論もある。後援者の論理には必ずしも全面的に賛成でき かねる点もあるが、big scienceに携わる者の自覚は常に大事なことである。  又、L. Rosen (Los Alamos国立研究所、Manhattan計画にも参加した老科学 者)は、「国際安全保障促進のための国際的研究施設の役割」という題で講演 し、要点はおおよそ次のようであった。大量殺人兵器に加えて、今後エネルギー と環境問題が人類の生存を脅かすことは必至であろう。このような状況下で、 科学者の協調が人類生存のために極めて重要である。国と国との間の疑心暗鬼 を取り除くには、隠さず一緒に研究するのがもっとも効果的である。科学者相 互の理解と協力に勝る安全保障はない、と協調したのが大変印象的であった。  なお、小柳は山田科学振興財団より、田中は日本物理学会より援助を受けた。 ----------------------