教皇庁文化評議会バンコック会議
"Christian Humanism: Iluminating with the Light of the Gospel the Mosaic of Asian Cultures"
主催 教皇庁文化評議会
共催


 
FABC-OESC(アジア司教協議会連合、  )
National Episcopal Conference of Thailand(タイ司教協議会)
The Graduate School of Assumption University Bangkok
Foundation Konrad-Adenauer
場所
 
Pastoral Traning Centre of Bangkok Archdiocese
(Nakhom Pathom Province, Thailand)
日時 1999年1月31日夕方〜2月3日夕方
URL: http://www.vatican.va/roman_curia/pontifical_councils/cultr/documents/rc_pc_cultr_doc_15121998_bangkok99_en.html
 
1.はじめに
 標記の会がバンコックの西約30キロのナコム・パトム県(「第一歩」という意味だそうで、タイで仏教が最初に上陸した場所とされる)のバンコック大司教区司牧研修センターで開かれた。研修センターといっても並の広さではなく、船遊びできるような広大な池の周りに、ホテル並の設備を備えた9階建ての宿舎、会議室、聖堂、食堂、プール、それに小神学校、墓地などからなるバンコック大司教区の総合施設である。よく整備された庭があり、噴水は5色に照明されていた。食事もなかなかよかった。
 この会は、教皇庁文化評議会が2000年3月(その後99年11月に変更)の総会を前に世界各地で開催している一連の会の一つで、諸文化がモザイクのように混在しているアジアの状況の中で福音の光を照らすにはどうしたらよいかを考えようとするものである。特に昨年はアジア特別シノドスが開かれ、アジアの独自性とそのキリスト教的な意味が議論されたが、この会はその展開という意味合いも持っていた。
 参加者はアジア各地から約40人である。出身と所属と現住所とで違うが、バングラデシュから2名(Gomes司教と神父)、カンボジアから2名(フランス人宣教師と女性信徒)、インドから2名(Soreng司教と神父)、インドネシアから3名(イギリス人宣教師1名と神父)、日本から1名(私)、パキスタンから1名(神父)、フィリッピンから4名(ドミニコ会の神父3名とカルメル会修道女)、スリランカから2名(神父と、タイに滞在中の女性信徒)、台湾から1名(台湾政治大学の教授、現在オランダ滞在中)、地元のタイからは事務局も入れて10数名(枢機卿であるKitbunchuバンコック大司教、神父、ブラザー、修道女、教授など)、それに講師としてアメリカから2名であった。もちろん、教皇庁文化評議会の委員長のPaul Cardinal PoupardとsecretaryのFr. Alex Rebello(ボンベイ出身)が文化評議会を代表し、また1日午前中だけは駐バンコック教皇大使Luigi Bressan大司教もおられた。残念だったのは、日本から私の他にだれも参加しなかったことである。日本にとっても大変有意義な会だったので、司教でも、司祭でも、信徒でも、どなたかもう1〜2名参加すればよかったのにと悔やまれる。
 
2.開会式
 31日は登録だけで、会議は2月1日の、夜も明けていない早朝6時半の開会ミサから始まった。なにしろ枢機卿2名、大司教・司教4名をはじめ聖職者がほぼ半数で、司式司祭のほとんどは座席の最前列に陣取る形となった。開会ミサの説教で、Kitbunchu枢機卿は、「カトリック教会は普遍的な共同体であり、多様な文化の中にあるが、我々は福音を自分の特定の文化と生活に統合しなければならない。」と述べた。
 9時からの開会のセッションで、Kitbunchu枢機卿が歓迎の挨拶を述べた。「タイは仏教国であるが、宣教以来400年の歴史の結果カトリック教会は成長しつつある。教会は様々な分野において、タイ社会の進歩と発展に貢献をしている。」続いて、教皇大使から教皇のメッセージが読み上げられた。
 
3.基調講演
 そのあと、Poupard枢機卿が基調講演を行い、この会議のタイトルの解説を行った。
 世界の人口の三分の二を占めるアジアは現在経済危機に陥っているが、FABCのメンバー司教会議が多くの代表を送ってくれることを期待していた。残念ながら参加者の数は少なかったが、参加者の質がそれを補ってくれることを確信している。
 キリスト教的ヒューマニズムとは、神が世界を人間のために創造され、人間が背いてからも見捨てることなく探された、ということに基づいている。『おまえはどこにいるのか』という問いは、断罪ではなく配慮である。我々は神から隠れようとすることもあるが、神は決して探すことをやめられない。人間の罪は、復活徹夜祭の賛歌にあるように、"Felix Culpa" なのである。キリスト教の根幹は、人間が神を求めるのではなく、神が人間を探されるということにある。キリスト教的ヒューマニズムはキリストなしには考えられない。キリストは新しい人であり、我々一人一人と結合することによって、我々をも神性にあずからせてくださる。アジアの教会は多くの国で小さな群であるが、教育、病院、福祉などの面で大きな役割を果たしている。しかし、アジアの教会は、あまりにも先生であり、弟子という面が少なかったのではないか。
 第三ミレニウムを迎えるに当たってアジアの教会の最大の課題は、文化に信仰をもたらし、信仰を受肉させることである。福音が信仰を受容するのは受肉の神秘と同じである、すなわちイエスは罪以外のすべての人間性を取られたのである。イエスは特定の時代に特定の場所に生まれ、特定の言語を特定の訛りで話された。受肉はしたがって文化的事件である。信仰も、真空中に存在するのではなく、文化の中に肉体を取るのである。福音は文化を受容するだけではなく、それを聖化し救済するのである。文化の罪や悪は死に、復活の栄光を迎えるのである。文化から自分たちを疎外する極端、アイデンティティーを失うほど文化と同一化する極端を避けなければならない。さらに福音は文化を受容し、あがなうだけではなく、それを向上させなければならない。これが、受肉、復活に次ぐ第三の神秘、聖霊降臨である。聖霊は様々な文化と言語をもつ人々を一致させ互いに理解させるのである。
 回勅Fides et Ratioにおいてヨハネ・パウロ二世は、『様々な文化の中における福音の宣教は、人々の文化的アイデンティティーを失わせるものでも分裂を起こすものでもない。なぜなら、洗礼を受けた者の共同体は普遍性をもち、それぞれの文化を愛するからである。福音は人々を自分たちの文化から疎遠にするのではなく、文化を罪によって生じた無秩序から解放し、真理の充溢へと招くのである。』(71)と述べている。この回勅の中で教皇は、インドをはじめ中国、日本などの偉大なアジアの文化を名指ししていることに注目したい。『この豊かな遺産からかれらの信仰の要素を取り出し、キリスト教思想を豊かにすることは、キリスト者の義務である。』(72)イエスはアジアに生まれ、アジアに教会を建て、アジアから地の果てまで弟子を送ったのである。
 第三ミレネウムを迎えるにあたって、福音の光でアジア文化のモザイクによい知らせをもたらそう。キリストは世の終わりまで我々とともにある。
 
4.私の講演
 このあと、3日間にわたって5つの講演が行われた。ずいぶんゆったりした会である。講演は30分、質疑応答30分、そしてそのあと5つのグループに分かれて分団討議1時間と続く。各講演者はあらかじめ5つの質問を用意するよう求められ、1問を1グループに割り当てた。各分団は討論内容を1枚程度にまとめて提出することが求められ、書記を割り当てられた人は苦労した。
 実は、5つの質問がどう使われるのか分からなかったので、各講演者は困惑した。私は、「各自の国や文化のなかで、○○はどうなっているか」というような質問にしたので、各分団で議論がしやすかったようだ。「中国文化の肯定的な面と否定的な面を指摘せよ。」などというような演習問題みたいな質問は受けなかった。この講演者は「失敗した」と苦笑いしていた。
 私に(何の事前の相談もなく)与えられたタイトルは、"The Challenge of the Gospel through an Education Truly Japanese and Catholic vis-à-vis Secular and Consumerist Trends in Japan"(日本の世俗主義的消費主義的傾向の中にあって、真に日本的で真にカトリック的な教育による、福音のチャレンジ)というとんでもない大上段のものであった。そこで、あまりタイトルにとらわれずにChallenge of the Gospel in Japanというような枠組みで、言いたいことを言うことにした。
 まずはじめに、教皇庁文化評議会に科学者が私一人しかいないことを指摘し、科学と宗教の問題から論じた。しばしばキリスト教は科学の発展を妨害したと非難され、確かにガリレオやダーウィンなどの問題もあったが、実は近代科学がキリスト教文化圏で成立したことも事実である。キリスト教の唯一絶対神信仰が、世界を合理的に理解することを可能にしたのである。気まぐれな精霊や魔物が徘徊する世界では科学は成立し得ない。日本ではいまだに啓蒙主義的な科学万能思想が見られるが、現代の科学者はもっと限定された科学観をもっている。科学に対する正しい教育が重要である。
 次に、日本文化が多くのアジア文化の影響のもとに成立したこと、そして受容した儒教、仏教、(広義の)神道の間に宗教混合が起こっていることから、日本人の宗教性の問題を提起した。わたしが特に重要と思うことは、このような宗教混合の結果、宗教が「現世利益」を求めるものであるという考えが一般化していることである。キリスト教の中でもそのような傾向は見られる。もちろん、聖書にもあるとおり、真に必要性を感じているひとが現世的な幸福を願うことは自然なことではあるが、それはあくまでも恵みであって、祈りや献金と引き替えに受けるものではない。
 さらに、日本社会が極めて画一主義的な傾向をもっていることを指摘し、これが宣教の障害というばかりか、思想信条への配慮がなく、少数者を差別したり、人間性をもゆがめていると述べた(時間がなくてこの辺は簡単にした)。
 次にアジア特別シノドスで論じられたアジアの文化の中のキリスト教の多様性の問題を論じた。別に独立教会になろうという訳ではないが、カトリック教会の一致は、unity in diversity ではないか、と。
 最後に、教育の問題と教会における大学生の司牧の問題を取り上げた。大衆化の中で大学生がアイデンティティーを失っていること、教会も学生への配慮が欠けていることなどを論じた。
 質問もいろいろあったが、「進化論など昔の問題だ(本当はそうでもない)。クローン技術の方が問題だ。どう思うか、」というような質問もあった。あまりに大きな問題なので今回は避けていたのだが。
 分団討議用の5つの質問として、上の各段落に相当する各国の状況を問うた。後の報告によると、いろいろ状況が違って面白かった。
 
5.沈清松教授の講演
 2月1日の午後は、台湾の國立政治大學(現在ライデン大学に滞在中)の沈清松教授(Prof. Vincent Shen)の講演であった。タイトルは、"Elements of Chinese Traditional Humanism that can Foster the Inculturation of the Faith in Chinese Cultures"(信仰の中国文化へのインカルチュレーションを促す、中国の伝統的なヒューマニズムの諸要素)であった。
 沈教授は、まず儒教を人間関係の思想と捉え、「仁(Jen)」「義(Yi)」「禮(Li)」などの思想の中の肯定的な面を取り上げた。
 続いて、道教を人間と自然との関係の思想と捉え、究極の実在である「道(Tao)」とすべての事物の創発性である「徳(Teh)」から、道教が人間と自然との調和を主張していることを指摘した。
 さらに、中国の大乗仏教を人間の苦と人間の自我の思想と捉え、苦と悟り、万物における仏性、空の自覚による自我の解放を論じた。
 結論として、これらの伝統文化に内在するヒューマニズムはキリスト教にとっても意味深いものであり、空と実在、人格神と汎神論など違いはいろいろあるが、協力して現代のニヒリズムに対抗してゆくべきであると論じた。
 沈教授の講演は、中国の諸宗教の思想を理念的な面で捉え、非常に肯定的な評価を与えているところが特徴的だった。私としては、民衆レベルの宗教意識でこのような点がどうなっているのか、という疑問が残った。
 
 1日の夕刻、研修センター向かいのRose Gardenで、Kitbunchu枢機卿主催のレセプションがあり、タイ料理とタイダンスを堪能した。
 
 2日も朝6時30分からミサが行われたが、ちょうど主の奉献の祝日に当たっていたので、ろうそくの行列を行った。
 
6.Magliola教授の講演
 2日の午前はProf. Robert Magliola(アメリカ人で、現在バンコックのアサンプション大学に滞在中)の"Meditation as Common Feature of Religions in Asia with special focus on Buddhism and their contribution to a Civilization of Love and a Culture of Peace" (アジアの諸宗教とくに仏教の共通の特徴である瞑想と、愛の文明と平和の文化への寄与)という講演であった。
 Magliola教授は、上座部(Theravada)仏教の瞑想と、大乗(Mahayana)仏教の禅と、金剛乗(Vajrayana)仏教のchakra瞑想との、共通要素と相違点を論じ、カトリックの黙想にとって学ぶものがあることを論じた。
 
 昼食後、実行委員会が会議を開いている時間に、何人かでRose Gardenの隣の Crocodile Garden に出かけた。鰐の芸をみたり、象の背中に乗ったり、象の芸を見たり、虎の檻に入って写真を撮ったり、楽しいひとときを過ごした。ただし、気温は33度位で、冬の日本から行った私には猛暑であった。
 
7.Sassone博士の講演
 2日の午後は、Dr. Robert Sassoneの"Asian Cultures faced with the Hopes and Challenge for Evangelization: their purification and promotion"(希望と挑戦に直面するアジア文化、その純化と促進)という題の講演があった。しかし、内容は人口問題で、タイトルとは無関係であった。pro-life movementの活動家らしく、「すべてのマスコミは悪の帝王の支配の下にあり、連帯して疑似科学によって人口を抑制しようとしている」というような発題だったので、表題のような講演を期待した人には不満が残った。
 
 この日は夕食前にHappy Hourと称して、簡単なカクテルパーティーが開かれた。
 
 3日の午前3時ごろから猛烈な雷雨に見まわれた。まだ雨期ではない。昼頃まで降っていたので、気温は下がって快適であった。
 この日、朝6時30分のミサの第一朗読(ヘブライ人への手紙)を頼まれていた。英語の聖書朗読はやったことはないので、事前に練習をして臨んだ。詩編交唱を含めて無事任務を果たした。「ずいぶん、声が大きいですね」とからかわれた。
 
8.Palackapilly神父の講演
 3日午前、最後の講演は、サレジオ会のFr. George Palackapilly (Secretary,
Commission for Education and Culture, Catholic Bishops' Conference of India)の講演 "Rays of Light" and "Seeds of the Word" in the Cultures of Indigenous Peoples of Asiaという講演であった。Palackapilly神父は、この会議に来て、教皇庁文化評議会の顧問に任命されたことを告げられたという。
 「種子としての御言葉(logos spermatikos, semina Verbi)」は殉教者ユスティノスやアレキサンドリアのクレメンス、イレネウスなどが好んだ言葉であるが、すべての哲学者が御言葉の部分を発見するのは、御言葉がかれらを創造するとき、御言葉自身の真理の種をかれらのうちに植え付けたという非常に寛容な楽観主義的な思想である。この楽観主義は第二バチカン公会議にも見られる。
 ヨハネ福音書によれば、イエスはすべての人を照らすまことの光である。神の礼拝は、エルサレムとかゲリジム山とかを超越して、霊と真理によってなされなければならない。すべての人々にまことの光が届いている。
 アジアの土着の民族は、しばしばtribal(部族)とかaborgine(原住民)などと呼ばれてきた。このような差別的なことばはやめよう。キリスト者となったアジア人の多くはこのような土着の民族であるが、かれらは教会の中でさえ周辺に追いやられているように感じている。かれらの伝統的宗教のホーリスティックな世界観、神、精霊、先祖に関する考え方やエトスはキリスト教信仰と両立しうる。かれらの豊かな表象世界は、神学や典礼に寄与しうる。仏教、ヒンドゥー教、イスラム教などとの対話はよく話題になるが、これら土着の民族の宗教との対話も同様に重要である。キリスト者は、土着の民族を福音化するのみならず、かれらによって福音化されなければならない。
 私は少し批判的な意見を述べた。例えば、先祖の崇敬それ自体はよいことであるが、日本の経験からいえば封建的な家体制と堅く結びついている。純化なしに無批判に受け入れることはできない。土着の民族が精霊が住むと言って礼拝していた大木のところに、マリア像を建立してマリアへの崇敬に置き換えた、というような話も何かおかしい。もちろん、Palackapilly神父も、混交主義の危険についても指摘していた。
 
 このあと、この会議としての宣言文をまとめる作業に入った。実行委員会からの原案が示され、熱心な討論が行われ、その議論に基づいた改定案が午後に示された。
 夕刻、ベネディクションをもって会議を終了した。
 何人かは夜に出発したが、私を含め10人ほどは、バンコック市内のアサンプション大学(神言会)の宿舎に泊まった。わたしは、4年ほど前からこちらに来ている坂本陽明神父と夜のバンコックの町を散策した。
 
9.感想
 科学の国際会議ならしょっちゅう出ているし、基調講演だってやったことはあるが、こういう文科系の会議はだいぶ勝手が違った。その上、第一講演をやらなくてはならず、だれが出席するのかも知らずに講演を準備するのは大変だった。自画自賛ではあるが、まあまあ任務は果たしたと思う。 印象的だったのは、私以外の3人、沈教授、Magliola教授、Palackapilly神父が、アジアの諸宗教を肯定的に捉えたのに対し、私はむしろ否定的な側面を強調したことである。3人がわりに諸宗教を理念的に捉えているのに対し、私は大衆の宗教意識(現世利益など)を問題にしたというのがその違いの原因であろうか。クリスマスの起源などを考えれば分かるように、inculturationにおいては、多少のsyncretismは避けがたいのであるから、私の宗教観は、少し潔癖過ぎるのかもしれない。議論のなかで、典礼問題で批判の的となったマテオ・リッチMatteo Ricciを再評価する必要があるのではないかというような発言もあった。
 もう一つは、キリスト教がアジアではマイノリティーといっても、多くの国では数パーセントであり、日本のコンマ以下とはだいぶ事情が違う。タイの教授の話によると、タイでは僧侶も仏教徒も「キリスト教と仏教とには共通のものがあります」などという話を非常に嫌うそうである。先日の父の法事で、浄土真宗の僧侶の法話で、「すべての宗教には共通のものがあります」というような話を聞いていたので奇異に感じた。タイでは、仏教にとってキリスト教は既に脅威を感じさせるものとなっているという事であろうか。
 
========================
 
バンコック会議余話
 
●街のようす
 バンコックは昨年バブル経済が崩壊して大不況のなかにある。びっくりしたのは、市内の至る所に、建てかけで途中放棄されたビルが見られたことである。高速道路(9年前に行ったときより、ずっと整備されていたが)から見ると、骨格だけで建設が止っているビルが山のように見える。日本でもバブル崩壊はひどかったが、建てかけのビルを途中放棄したという話は聞かない。それでもここ数ヶ月通貨バーツが持ち直して、一息ついたところだということである。
 
●会長Paul Cardinal Poupard
 名前からフランス系だとは思っていたが、みんなで「出身は?」と聞いたら、アルジェだとのこと。パリのカトリック大学出身だというので、また思わず「69年にはどこにいらっしゃいましたか?」と聞くと、にやっと笑って、「外国に出ていた」とのこと。私が講演の中で、文化評議会に科学者が一人しかいないと言ったら、だいぶ気にされたらしく、パーティーの時に、「そんなこと言ったって、わずかな人数で広い範囲をカバーしなくてはならないので」とか言っておられた。個人的にお話ししている限りは大変気さくな方だが、いかにもバチカンの高位聖職者という感じである。
 
●回勅Fides et Ratioについて
昨年公表されたこの回勅「信仰と理性」はこの会議とも関係が深く、会議中いろいろ引用された。基調講演でCardinal Poupardは、インド・中国・日本が優れた文化を持っているという部分を引用した(起草したのは、ボンベイ出身のsecretaryのFr. Alex Rebelloらしいが)。しかし、これは回勅の一面である。同時に回勅は、アジアの文化への受肉を重んじるあまり、ヨーロッパで発展した神学をないがしろにしてはならない、ということも強調している。これは、デ・メロ神父の著作が問題になったり、バラスリヤ神父が破門になったりしたこととも、無縁ではないであろう。私の講演では、皮肉も込めて、「教会は、グレコ・ローマン文化におけるインカルチュレーションを忘れることはできない」という回勅の一節を引用した。
 コーヒータイムに、タイに滞在しているイタリア人宣教師Fr. Mauro Bazziから、日本ではこの回勅がどう受け止められているか、という質問を受けた。まだ日本語に訳されてないので、反応は今ひとつである、と答えておきました。今後の問題であろう。
 
●次の教皇
 パーティーでの雑談で、次の教皇はだれになるだろうとかいう話になった。ヨハネス23世が教皇になったとき、枢機卿はみな高齢だったので、より若い人をたくさん任命された。モンティーニ(後のパウロ6世)は、ピオ12世時代に遠くに追いやられていたが、ヨハネス23世はかれを枢機卿に任命し、おそらく次の教皇になることを期待しておられたようだ。
 次の教皇がミラノか、アフリカか、フランスか、などいろいろうわさ話はあるが、イタリア人以外がなると、イタリア人以上にローマ中心主義になる危険がある、などという話も出た。
 
joke
ヨハネパウロ二世教皇が神様とお話をしていた。
神様:ヨハネパウロ君、そろそろ女性司祭を認めてはどうかね。
JP:NO, not in my life time.
神様:では、司祭の独身制をゆるめては。
JP:NO, not in my life time.
   ところで神様、そのうちにまたポーランド人を教皇にしていただきたいのですが。
神様:NO, not in my life time.
 帰ってから聞いたところでは、だいぶ古いjokeらしい。
 
●参加者について
 Fr. Ponchaud Francois(カンボジア、フランス人宣教師)は、女性信徒Mrs. Sangkhum Salayと一緒に来ていた。カンボジアの教会はとにかく完全に壊滅されてしまったので、ゼロからの出発だと言っていた。
 Fr. John Prior(インドネシア、イギリス人の神言会宣教師)文化評議会の顧問で今回再任。自分の仕事は、basic Christian communityのリーダーとなる信徒を育てることだ、と言っていた。実際育っているという。「典礼よりも、御言葉の分かち合いだ。」というので、「ミサは御言葉の分かち合いではないんですか?」と反論。
 フィリピンからは、3人のドミニコ会の神父が来ていた。Fr. Vincente G. Cajilig, OPは、FABCの秘書で、この会の運営の中心を担っていた。Fr. Joseto N. Bernadas Jr., OPは、なんとワニ園でいっしょに象の背中に乗って当たりを一周した。Fr. Jose Antonio Aureada, OPは、私のいた第5分団の司会者であった。かれにとっては、カトリックがマイノリティであるなんて想像がつかないらしい。
 もう一人フィリピンからカルメル会のシスターSr. Mary Monica Clcoba, OCDが来ていた。よくしゃべる面白いシスターだった。
 地元タイからはたくさん来ていたが、第5分団にいたのは、Prof. Kirti Buncha (Assumption University)で、タイでの仏教徒の対話の難しさを話してくれた。
 
======================