初版2007年1月5日
改訂2007年1月7日
 
教皇庁文化評議会汎アジア会議報告
小柳義夫
工学院大学教授、教皇庁文化評議会顧問
 
 
Pan-Asian Meeting of Members and Consultors of the Pontifical Council for Cultureand the Presidents of the National Episcopal Commissions for Culture
 
The Fullness of Jesus Christ Alive in Asian Cultures: "And from His fullness have we all received, grace upon grace" (Jn 1:16)
 
Venue: Palm Beach International Hotel and Resort, Kuta, Bali
Date: Sunday, November 26 to Thursday, November 30, 2006
 
(http://olab.is.s.u-tokyo.ac.jp/~oyanagi/reports/PCC0611.html)
 
1. はじめに
 教皇庁文化評議会主催のアジア会議が
1999年1月31日〜2月3日 バンコック司牧研修センター
2002年10月15日〜17日 長崎純心大学
 
に続いて2006年11月26日〜30日に、インドネシア・バリ島南部のクタ地区のパームビーチホテルで開かれた。バンコックの会については、私の報告を参照。なお、文化評議会のweb pageには、バンコックの会の報告が
http://www.vatican.va/roman_curia/pontifical_councils/cultr/documents/rc_pc_cultr_doc_15121998_bangkok99_en.htmlにある。長崎の会の報告は冊子体で出版されている。こういう地域会議は4箇所(アジア、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ)でやっているので、ほぼ4年に1度の開催である。
 
 会場のホテルは、デンパサール空港から車で数分の所にある並クラス会場のホテルの古いホテル(standard room $50/day)で、熱帯植物に囲まれた木造の建物はなかなか味がある(写真)が、設備は老朽化している。客室に空調機はあるが、コントロールは効かず(付きっぱなし)、バスタブがありお湯は出るが栓がなく(タオルを詰めて風呂に湯を貯める)、広い部屋と清潔なベッドはあるがライトに一部電球はなく、テレビはあるがインドネシア語放送しか聞こえず、時々停電や断水がある、というところである。もちろん、日本のガイドブックには出ていない。まさかと思ってパソコンは持って行かなかったが、実は無線ランが完備していた。教会関係でよく使うらしく、客室の一部にちゃんとしたチャペルがあった。
 この会議は最初バリ島で計画されたが、2002年10月12日に過激派による爆弾テロ事件で200人以上が死亡した(日本人も2名死亡)ので、ジョグジャカルタに場所を変更した。ところが、今年の6月に予定されていたが、その直前の5月末にジョクジャカルタのすぐ近くで大地震が起こり、中止された。結局元のバリ島で開かれることになったとのこと。
 バリ島は、2002年の事件で観光客が減り、その後やっと回復しかかったところ、2005年10月1日に再び爆弾テロ事件が起こり、また観光客は減っている。
 
2.参加者
a) 聖座から:
●文化評議会秘書のBernard Ardura, O.Praem.神父(フランス・ボルドー出身)、
●文化評議会事務局のTheodore Mascarenhas, S.F.X.神父(インド・ゴア出身)。
○会長のPoupard枢機卿は、教皇のトルコ訪問(11月28日〜12月1日)に同行することになり、出席できなくなった。枢機卿は、諸宗教対話評議会会長も兼務している。
 
b) アジア太平洋地区の文化評議会メンバー:
●ジャカルタ教区長のJulius Riyadi Darmaatmadja S.J.枢機卿、
●ホーチーミン補佐司教Joseph Vu Duy Thong司教、
●キャンベラ教区長Mark Benedict Coleridge大司教。
 
c) アジア地区の文化評議会顧問(consultors):
●ダッカ補佐司教Theotonius Gomes司教、
●インド司教協議会教育文化委員会秘書George Palackapilly, S.D.B神父、
●私、
●香港のEast Asia Catholic Press AssociationのMrs. Annie Lam Shun-Wai(林純慧)、今回の紅一点。また、信徒は彼女と私の二人だけ。
 文化評議会では、「メンバー」は高位聖職者だけで、「顧問」には、司教、司祭、信徒などいろいろいる。いわば専門委員である。
 
d) 文化評議会からの招待者
●駐インドネシア・バチカン大使、Leopoldo Girelli大司教。今年4月に任命され、6月に大司教に叙階され、赴任したばかり。10月からは、東チモールの大使を兼務している。カプリの名義大司教だが、まだ行ったことはないそうだ。「『来い来い』と言われているのだが忙しくて」と言っていた。53歳。最後まで参加した。
●地元デンパサール教区長Denyamin Yosef Bria司教
●Padang教区長Martinus Dogma Situmorang O.F.M司教、Padangは西スマトラの州都で最大の都市。
●Palangkaraya教区長、Aloysius M. Sutrisnaatmaka, M.S.F司教。Palangkarayaはカリマンタン中部。
 
e) 各国司教協議会の代表
●インド:Guwahati教区長Thomas Menamparampil大司教
●インドネシア:Sorong教区長H. Datus Lega司教
Tanjung Selor教区長Yustinus Harjasusanta司教
Kupang教区長Petrus Turang司教
●韓国:Pontianus Yeo Jin Cheon神父
Benedict Chang Dong Ha神父
●マレーシア:Sebastian Francis MJ神父
●ミャンマー:Yangon教区長Charles Bo大司教
●フィリピン:Pagadian教区長Emmanuel T. Cabajar, C.SS.R.司教
●スリランカ:Anuradhapura教区長Norbert M. Andradi司教
●タイ:Theerapol Kobvithayakul神父
Phaisal Amamwat神父
●ベトナム:Tr'nh Tin Y神父
 
 日本からは私の他誰も参加しなかった。ジョクジャカルタで予定されていたときにはO神父が出席する予定だったが、日程が変わり出られなくなったようである。
 このほか、開催を予定していたジョグジャカルタのカトリック大学であるSanata Dharma大学総長Paul Wiryono Priyotamtama, S.J.神父も出席した。現地実行委員長は、地元のSigit Pramudji神父。
写真2
3.11月26日(日)
 私は成田からガルーダ便に乗り、夕方5時過ぎにデンパサール空港に着いた。爆破事件以来ビザが必要になり、10ドルを払って空港で発行してもらうのだが、ずいぶん時間が掛かった。これでテロ対策になっているかどうかはかなり疑問である。滞在期間のチェックにはなるが。
 出迎えてくださった現地の信者の方が、日本語をしゃべるのでビックリした。旅行業の仕事をしているそうで、日本に行ったことはないそうである。ホテルに着くとちょうど夕食が始まるところであった。日本と写真3の温度差は20度で、予想はしていたがやはり暑い。食堂は2階で風通しのよい構造である。
 夕食後は、Benyamin Yosef Briaデンパサール司教の歓迎の挨拶があり、プールサイドでCultural Soireeとしてバリダンスとガムラン音楽の演奏があった。終わった後で出演者と記念撮影(写真)。私は陰で見えないが、こんな格好をしていた(写真)。CultureをFutureと間違っているところがご愛敬。
 
4.11月27日(月)
 7時からミサで、この日だけは数人の修道女がギターを持って来てくださった。後から考えると、Tukaの孤児院をやっている修道会の方らしい。
 
a) 教皇メッセージ
 朝食後、9時から会議が始まった。会議室は3階でちゃんと冷房がある。まず教皇からのメッセージ(英語)が、駐インドネシア・バチカン大使によって読み上げられた。概要は下記の通り。
 「実際に神が、最初からご自分の救いの目的を明らかにし実行したのは、アジアにおいてでした。・・・時が満ちると、アジア人の一人として受肉したご自分の独り子、救い主イエス・キリストをお遣わしになりました。」(「アジアにおける教会」1節、邦訳p.3)それゆえ、この偉大な救いの業が行われた大陸が、その多様な文化の文脈において、生きている主、肉となったみ言葉と新たに出会うよう祈っています。実にアジアは、深い霊性と神秘性をもつ大陸であり、神の神秘を身近に感じている。その故に、神の言葉を撒き、豊かな収穫を得ることのできる豊沃な土地なのである。
 私は全教会が福音化の喜びを再発見し、イエスがよりよく知られ愛されるよう宣教の熱意を鼓舞される共同体となる必要があると確信している。皆様の熟慮の中で、皆様がキリストの福音の充溢をアジアの諸民族に宣言し、アジアの諸文化を福音化し、キリスト教信仰を文化内受肉(inculturation)させる新しい方法を発見できるよう聖霊が導いてくださいますように。言うまでもなく、このような福音化は、諸文化間、諸宗教間の誠実で真正な対話への献身と並行してなければならない。対話は、尊敬と相互性とオープンネスと愛をもたなければならない。このような条件が満たされれば、説教者はすべての善意の人々のもとにありたいと望む主への道を喜びに満ちて準備することができる。そしてもし信仰が深い根をもっているなら、宣教も、福音のメッセージをインカルチュレートするためには、いかなる相対主義や混淆主義にも陥ることなく、その地の伝統の言葉で表現され、その地の実践によって生きられなければない。この数日の祈りと熟考においてこのことをまず第一に頭に置かなくてはならない。福音化とインカルチュレーションの両者は分かちがたいものであり、両者とも、キリストの福音が、すべての民族、すべての国、すべての部族、すべての言語の人々の生活に真に受肉するために必要である(cf. Towards a Pastoral Approach to Culture, 5)。
 貴殿[プッパール会長]とこの会合のすべての参加者を幸いなる処女マリア、受肉したみ言葉の母の取り次ぎに委ねます。生きている主であり救い主であるイエス・キリストにおける喜びと平和の保証として、私の使徒的祝福を心より送る。
 バチカンにおいて。2006年11月15日」
 
b) Keynote Address: His Eminence Cardianl Paul Poupard
The Fullness of Jesus Christ Alive in Asian Cultures: "And From His fullness Have We Received, Grace Upon Grace" (Jn 1:16)
La Plénitude de Jésus-Crhist dans les cultures asiatiques: 《Oui, de sa plénitude nous avons tous reçu, et grâce pour grâce》(Jn 1:16)
 続いてPoupard枢機卿の基調講演。ただし本人は来られなかったので、Ardura神父が代読した。フランス語で英語への同時通訳もあったが、全文が配られていたのでフランス語のまま聞いた。
 前回の長崎の会議の後を受け、また2008年の「世俗化」をテーマとした総会に向けてこの会議が企画されたことを述べた。受肉の神秘には二つの方向性があり、神であるみ言葉が人間の文化に入ったということとともに、人となった神が文化を変化させ、超越し、恵みの充溢を与えるということがある。ここに文化評議会の使命がある。
 教会にとって、福音化とはよい知らせを人類のあらゆる領域に宣べ伝え、それを新たにし、それを変化させることである。福音はすべての文化のためであり、すべての文化は福音のためである。福音化は人間を通して文化の核心に到達しなければならない。受肉したみ言葉と同様に、教会は特定の時と場所、特定の社会、特定の文化の中に生き、福音を宣べ伝える。文化の福音化と福音の文化内受容(inculturation)とは並行して行われる。
 アジアの諸国民に対する教会の唯一の寄与は、真の神であり真の人であるイエス・キリストを「唯一の救い主」として宣べ伝えることである。アジア特別シノドスにおいて、私はキリスト教がアジアに起源を持つことを強調した。しかし、キリスト教がアジアに西洋の宗教として導入されたことは残念なことである。イエス・キリストの充溢をアジアの諸文化に生かすことは我々の大きな課題である。
 アジアは多民族、多宗教、多文化であり、これはチャンスであるとともに挑戦でもある。アジアは地上最大の大陸であり、世界人口の2/3が住んでいる。最も顕著なことは、古代の文化、宗教、伝統の末裔である民族の多様性である。アジアは世界の主要な宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教、ヒンドゥー教)のゆりかごであり、仏教、道教、儒教、ゾロアスター教、ジャイナ教、シーク教、神道などの宗教的伝統の生誕地である。教会はこれらの伝統に深い敬意を払い、その信奉者と誠実な対話を行おうとしている。彼らの教える宗教的価値はイエス・キリストの中で完成するのである。
 キリスト教は外国の宗教とみられている。アジア特別シノドスにおいて、多くのアジアの司教達はイエスを唯一の救い主として宣べ伝えることの難しさを指摘した。私はアジアの諸文化に、それぞれの文化的遺産の富を探求して、その中にキリスト教と両立する要素を見いだし、それによってキリスト教思想を豊かにするよう望んでいる。アジアがキリストの新しい顔を見いだすことができれば、アジアはキリストをより身近に感じるようになるであろう。
 現代の問題の一つは相対主義である。すべては相対的であるとして、キリストの言葉を曖昧にする人々が現れた。キリスト者はそれにもかかわらず福音を、教会の伝統を保たなくてはならない。数世紀に渡るアジアの教会は、文化の多元性や、他者への尊敬や寛容は、キリストを宣べ伝える妨げにはならないことを教えている。
 この会議では種々の問題を取り上げる。ファンダメンタリズム、暴力、宗教の自由の欠如は、アジアに置いて重大問題である。また、貧困、搾取、不平等、腐敗も文化に大きな影響を与える。種々のセクトも多くの人を引きつけている。カトリック文化センターと、先住民族、マスメディアについても講演が予定されている。
 
c) His Eminence Cardianl Julius Riyadi Darmaatmadja
"I have come as light into the world, that whoever believed in me may not remain in darkness" (Jn 12:46): Making Jesus Christ present in multicultural Asia.
 インドネシアでは、カトリックは3%(600万)、他のキリスト者は5%(1200万)で、圧倒的にモスレム88%(2億1200万)であり、ヒンドゥーは2%(400万)、仏教は1%(200万)、先住民は1%(200万)である。多くのインドネシア人にとってイエス・キリストの存在は隠されている。
 「インドネシアにある教会」から「インドネシアの教会」に進む第一歩は文化内受容(inculturation)である。宣教、典礼、教会の教えなどすべてが現地の文化で表現され、理解されなければならない。また宣教師だけでなく、地元出身の聖職者が増えなければならない。
 インドネシアの独立に際してPancasila(5つの原則)が出された、1)至高神への信仰、2) 正しい人間性、3) インドネシアの統一、4) 民主主義、5) 社会正義、の5つである。1945年に独立した後、インドネシアのカトリック者はインドネシア市民として信仰を生きていくことが緊急の課題であった。摂理的なことは、1940年に最初のインドネシア人司教が任命され、1942-45の独立戦争の間、彼はカトリック教会は十全にインドネシアの教会であることを示した。
 カトリック者が信仰を生きるために小さな共同体を作ることを推しすすめた。2000年には、インドネシア司教団は、キリスト教基礎共同体(Basic Christian Communities)を構築することを宣言し、合わせてインドネシアの新しい教会のあり方として、人間的基礎共同体(Basic Human Communities)をも構成することにした。
 日常生活では信仰が大きな役割を果たしているわけではないが、政治的、人種的、経済的、宗教的グループ間の紛争が頻発するようになり、新しい現実に直面している。人々は次第に、物質主義的、快楽主義的、消費生活的、自己中心的、懐疑的になり、腐敗が横行している。こういう状況のなかでイエス・キリストの弟子として存在を示すことが求められている。
 
d) Rev. Fr. Theodore Mascarenhas, SFX
"I am the way and the truth, and the life" (Jn 14:6): Youth Culture and Education in Asia in the Light of the Gospel.
 発題者Theodore Mascarenhas神父は、新たに文化評議会の事務局に勤めているインドのゴア出身の神父である。「フランシスコ・ザビエル会」という修道会所属らしい。無精髭で皆からTheoと親しまれていた。
 アジアは世界中の若者の60%が住み、南アジアの人口の1/5は15歳から24歳の間である。インドだけとっても2億人の若者がいる。1960年から2000年の間に、アジアのほとんどの国で若者の人口は倍増した。例外は中国、日本、北朝鮮、カザフスタンである。若者の力は未来を建設するための宝である。
 若者の文化は、使徒たちが「私は道、真理、生命である」という言葉を聞いたときと同じ状況である。使徒たちが狼のいる世界に突然入って行ったように、若者も恐ろしい新しい世界の地平に向かっている。若者は海図のない旅に出ようとしている。真理であるイエスに基づく若者の文化をつくる必要がある。
 
e) Most Rev. Mark Benedict Coleridge
"You are the light of the world. A city set on a hill cannot be hid" (Matthew 5:14): A Pastoral Approach to Cultures in Secularized Megapolis.
 キャンベラの大司教であるColeridge大司教は、世俗化されたメガロポリスにおける宣教戦略について述べた。
 1950年以降、都市は人口増大の2/3を吸収してきた。2050年には世界人口は100億人となり、2030年か2040年には、20億人のスラム住民がいるであろう。都市における貧困が最大の問題となる。
 第三世界では特に、田舎から都市へ職とサービスを求めて人々が移動する。メディアは都市の誘惑をまき散らす。
 このような新しい都市かの状況に直面して、伝統的な司牧構造、特に小教区が適切かが問題になる。Ecclesia in Americaにおいてヨハネ・パウロ二世もこのことを指摘している(No. 41)。「大都市の小教区を革新する一つの方法は、小教区を多くの共同体や運動を総括する共同体連合とすることである。」このような小教区には新しいカテケシスが必要である。セクトも狙っている。大衆信心も必要であるが、聖書に基づき、教会の教えにかなった新しいカテケシスを要求している。それはまず人が神にかたどって創造されたことを教え、出エジプトに関係づけられた解放のカテケシスでなければならない。
 新しいカテケシスは新しい典礼の経験を可能にする。メガロポリスでは、人々は空腹で集まり、キリストによって満たされ、その体となる。これが受肉である。もし、教会がメガロポリスの市民の生命のなかに肉を取らなければ、宣教はまだ始まっていない。丘の上の町は隠せない、と主はおっしゃる。しかし、すべての町が丘の上に建設されているわけではない。暗い谷にある町もあり、それは隠されている。教会はメガロポリスの谷間にも現存しなければならない。
 
f) 昼食
 昼食のあと15時15分まで昼休み。前日の旅行の疲れもあったので昼寝をしていた。
 
g) 分団討議
 15時15分から3つのグループに分かれて分団討議1となった。グループ分けはあらかじめ事務局から指示され、私は第2グループとなった。分団討議1のテーマは、
1) あなたの国の文化的、宗教的、世俗的パノラマは何か。宗教間・文化間対話を通して、イエス・キリストを知らない人にどう示すことができるか。
2) 都会において文化を有効に福音化するためにどのような具体的な戦術が可能か。
3) アジアの若者にイエス・キリストを示すために、どのような手順が取れるか。
であった。いかにもローマで考えたような問題設定である。
 我々の分団では、設問1)について各人の国の状況を説明することに多くの時間を費やした。
 インドネシアからは、多宗教(大部分モスレム、ヒンドゥーが少し)状況の中で、大都市において人々、とくに若者が自分のアイデンティティーを失う問題が指摘された。
 バングラデシュからは、ヒンドゥーからイスラムに変わっていった経緯がのべられ、パキスタンより世俗的な都市になったことが指摘された。マザー・テレサを尊敬するが、アイデンティティーはモスレムである。
 フィリピンでは、85%がカトリックで、南部にはイスラムもいるが、相互に偏見を持っている。多くのキリスト者はモスレムは悪い人で、暴力的だと思っている。しかし、キリスト者の精神性はモスレムの影響を受けている。
 私は、日本の宗教状況については明日の発題で話すのでここでは省略し、諸宗教対話というと神学者と高僧が高邁な理想について相互理解を深めるという形が多いが、それは二階の議論であって足が地についていない。民衆レベルの信仰意識をも視野に入れなければならない、ということを述べた。
 タイでは、宗教的には仏教を中心に多様であるが、王様が中心にいる。南部では、主として外国からのモスレムがテロ活動を行っているが、各宗教が集まって祈るというような活動が行われている。タイも、消費主義、物質主義が浸透して、西洋のようになってしまっている。
 インドでは、寛容なヒンドゥーと狂信的なモスレムという描像が政治的には強いが、個々の小さな事件を誇大に扱うべきではない。ヨーロッパ人は宗教の世俗化というが、アジアでは宗教は等価という考えが強い。教義の詳細には関心が低い。少数民族にとってはキリスト教は受け入れやすい。
 2)についてはあまり時間がなかったが、小教区の再構成、結婚式や葬儀の典礼の再考、スラムでの奉仕活動、隣人との関係などが議論された。
 3)については、カトリック学校の問題などが提起されたが議論する時間はなかった。私は、日本では大学生がもはやエリートでなく、社会の中で根を失っていることを指摘した。これはアジアの他の国々とは今のところ違うところであろう。
 
h) 全体討論
 コーヒー休憩のあと、17時から全体討論があり、各分団からの報告があった。詳細は記録できなかったが、アジアと言っても国によって、場合によっては地方によって事情が非常に異なること、しかしグローバリゼーションによって西洋文化の強い影響を受けていることが指摘された。インドでは、カトリック教徒は少ないが、16000の教育施設を持つなど社会的には強い存在感があることが指摘された。
 詳細は、やがて出る報告書参照。
 
i) 夕食後
 夕食後、Happy Hourということで、皆で持ち寄ったアルコールでパーティーを開いた。spiritsをもってこいということだったのでウィスキーが多く集まったが、ワインの方が人気があった。
 19時45分から希望者をGround Zeroに案内するという。貸し切りバスで、繁華街の真ん中にある2002年の爆発の現場まで出かけた。爆発はすぐ近くの3箇所で起こったが、一番大きな爆発の現場は大きな公園になっていて、200名の犠牲者の名前を刻んだ大きな石の板が立っていた。日本人も2名いた。まだ壊れたままの建物もある。1時間ほど自由時間で、そのあたりをぶらぶらし、ビヤホールでビールを飲んだ。
 
5.11月28日火曜日
 7時からミサ。今度は修道女達もこなかったので、信徒は私とAnnieの二人だけで変な感じだった。ミサの後に、記念撮影をした(写真)。私は後ろの列、右端の女性が香港のAnnie Lamである。
 
写真4a) Most Rev. Thoma Menaparampil, SDB, Archbishop of Guwahati, India
"And the Word become flesh and dwelt among us, full of grace and truth" (Jn 1:14): Christian Faith and Growing Relativism in Asia.
 9時15分からインドのメナムパランピル大司教の講演。配られた講演原稿には、「絶対真理への飽くなき探求」というタイトルが付いていた。アジアの文化や宗教は完全な真理を絶えず追求してきた。このような文化を詳細に研究することによって、「アジアの魂」を理解することができる。「アジアの魂」に福音を述べるには、このことが非常に重要である、という非常に意欲的な講演であった。かれは講演原稿の他に2つの自分の論文を配っていた。講演の目次だけ記すと
1) 文化とは何か
2) 諸文化への脅威(グローバリゼーション、文化の誤用、現代化、文化の衝突)
3) アジア的価値
4) 福音と文化とのダイナミックな相互作用
5) 絶対真理へのアジア的探求、スピリチュアルなものへのより完全な実現を目指して
6) 絶対真理へのアジアの渇望は、キリストによって初めて満たされる
 a. キリスト教の霊的な著作はアジア人に魅力的である。
 b. キリストはアジア人にとって魅力的な人物である
 c. キリスト教のメッセージに答えるアジア人は増えつつある
 d. 「あなたは神の聖なる方である」ということを認識しつつある。
7) この真理を妥協なく共有すること
 a. アジアにおいて真理を議論することの困難
 b. 正統な多様性を尊重することは、相対主義を受け入れることではない。
 c. 真理への情熱と福音化への賢明な教育学とを区別する必要性
8) より有効になるために
 a. 福音化は信仰の最も自然な表現である
 ヨーロッパ的な「絶対真理」と、アジアのそれとは違うと言いたいようだが、本当に何を言いたいのかはよく理解できなかった。
 
b) Most Rev. Joseph Vu Duy Thong, Auxiliary Bishop of Thanh-Pho Ho Chi Minh, Vietnam
"Truly, truly, I say to you, I am the door of the sheep" (Jn 10:7): Pastoral dimensions of the Evangelization of Cultures and the Inculturation of the Faith.
 Thong司教は、ベトナムにおける文化の司牧の優先課題は何かについてフランス語で講演した。第一は家族であり、第二は大衆的な信心(祈りの集い、行列、巡礼、祝祭、福音や聖人を解説する、儀式、音楽、歌、演劇など)、第三は芸術と芸術家である。文化は生活であり、常に変化する。文化の司牧は常に新しい社会的、政治的、経済的状況に適応しなければならない。ベトナムの教会は、カトリックの信仰を文化の確信に伝達するために努力をしてきた。しかし、社会のすべてのメンバー、キリスト教の内部でなく文化全体に福音のメッセージをどう見えるようにするかは大問題である。
 
c) Prof. Yoshio Oyanagi, Kogakuin University, Japan
"Increase our faith" (Lk 17:5) Jusus Christ the Way to the Father: The Challenge of Sects and Indifference to the Faith
 コーヒー休憩のあと私の番となった。たまたま上記の表題を与えられたので、1996年の社会問題研究所全国セミナーでしゃべったオウム真理教の話をもとに講演した。
 (参照:http://olab.is.s.u-tokyo.ac.jp/~oyanagi/reports/PCC0611paper.doc
 まず日本の宗教が混淆的であることをのべ、宗教と言えば心に平安を与え、現世的な幸福をもたらすものと考えられていて、知識人は軽蔑していること、オウム真理教がそのような宗教観とは全く逆であること、それが若者を引きつけたことを述べた。オウムについて、これが日本の宗教としては異質で宗教的な魅力をもち、キリスト教を含む既成宗教が伝え損なっていたものを主張し、ある種の宗教欲求に答えた面がある。また、オウム真理教が対話と協働を軽視し、絶対服従を要求し、終末論で恫喝していることを指摘し、これらの問題点がキリスト教を含む既成宗教にも内在していることを指摘した。
 この私の講演は「ローマでは聞かれないような話だ」という評判を得たので一定の評価を得たと思う。ヒンドゥー教に詳しい人も多かったので、「オウム」はその後しばしば話題となった。
 
d) Mrs. Annie Lam Shun-wai, Editor UCA News Hong Kong
"What I tell you in the dark, utter in the light; and what you hear whispered, proclaim upon the housetops" (Mt. 10:27): The Role of Media and Communications in the Promotion of Christian Culture
 Lam(林)女史は、中国本土の教会の話をした。わたしも中国のカトリック教会についてはかなり調べているが、やはり現場のジャーナリストの話は迫力がある。プロジェクタでいろんな写真を見せたが、立派なゴチック風の教会を「これは地下教会の一つです。」と聞いたときには一同感動した。「地下教会といってもカタコンブみたいなものではありません。当局も、陰でこそこそやられるより、こういう風に見える形で活動してもらった方が管理しやすい。当局とうまく話をつけると、こういうものを建てる許可をもらえる。」とのこと。
 上海などのカトリック系の出版社の活動についても詳しく説明した。
 香港の陳枢機卿の活動には若干批判的で、香港のバチカン使節の役割を邪魔する可能性を心配していた。
 
e) 昼食後
 昼食後、冒頭の写真にあるホテルのプールで泳いだ。駐インドネシアのバチカン大使はプールサイドで本を読んでいたが、私が泳いでいるのを見て、プールに入って、かなり本格的に泳いでいた。
 
f) 分団討議
 15時15分から分団討議2があった。今回の設問は、
1) 教会は、アジアの諸文化において真理を宣べ伝え、文化の中でキリストを渇望している人に対し意味あるものとなることができるか。
2) アジアの諸文化の伝統的価値は何か。このような価値をキリストへ向けるためにメディアは何ができるか。
3) 発展する文化と、社会に潜入する否定的な反文化的潮流の中で、家族の価値を保ち強化するにはどうしたらいいか。
 私の第2グループでは、2)から議論した。とくに、アジアの諸文化の伝統的価値とは何かについて議論した。宗教性は尊重するが、宗教組織には属したくないという風潮が指摘された。これから、ドグマを押しつけるのではなく、真理、信仰、価値を伝えるべき。イエスを知りたいが、自分のアイデンティティーを失いたくないという心情にどう対応するか、など議論された。私は、諸文化には福音の観点から否定的な側面(カーストなど)がある、これを批判することも宣教の一面であることを指摘した。3)については混宗結婚の問題なども議論した。
 
g) 全体討論
 17時からの全体討論では、各分団から報告があった。
 
h) 夕食後
 前日と同じのように夕食後Happy Hourとして酒を飲んで懇談した。19時45分からは、またバスでジンバラヤの近くの山の中にある30mほどの高さの大きなヴィシュヌ神の像を見に行った。まだ未完成で最終的にはガルーダ(インドネシアの国鳥で、想像上の鳥)に乗るとのこと。夜景もきれいであった。
 
6.11月29日(水)
 7時からミサ。Menemparampil大司教が司教叙階25周年ということで主司式した。
a) Most Rev. Theotonius Gomes, Auxiliary Bishop of Dhaka, Bangladesh
"Peace I leave with you; my peace I give to you; not as the world gives do I give to you" (Jn. 14:27): Christian Cultures and Islam-- Seeking a Culture of Peace
 イスラームとの関係で平和を論じるという難しいテーマである。キリスト教とイスラームとの間には歴史的な重荷があるが、唯一の神を信ずるものとして対話は可能であることを強調した。
 
b) Rev. Fr. George Palackapilly, SDB, Secretary of the CBCI Education and Culture Committee, New Delhi, India:
"I am the good shephaerd; I know my own and my own know me" (Jn. 10:14): Indigenous Peoples in Search of Christ -- Preserving the Dignity and Identity of Native Cultures.
 少数民族への宣教は彼の得意なテーマである。インドでは、少数民族はカーストの外にあるので、かえってキリスト教に出会い、改宗するのに抵抗が少ないとのこと。パワーポイントで概要を用意してきたが、まず概要をパワーポイントでしゃべったあと、(これで終わりかと思っていたら)今度は配付資料に基づいてもう一回しゃべったので時間を大幅にオーバーしてしまった。かれは時間オーバーの常習者なのだそうだ。
 
c) Most Rev. Bernard Ardura O. Praem
"For where two or three are gathered in my name, there am I in the midst of them" (Mt. 18:20): Catholic Cultural Centres, Vehicles of the Evangelization of Cultures, the Inculturation of Faith and Dialogue.
 文化評議会は Catholic Cultural Centre(カトリック文化センター)を、信仰と文化との対話の拠点として推奨し推進しようとしている。何年かに1度、世界中のカトリック文化センターのリストを発行している。日本の項目には、カトリック大学の中の文化センターがいくつか登録されている。「何を指すのか分からない」という批判があるが、アルドゥーラ師は、「多様性があるので、何でもいい」ということである。バーチャルなセンターという可能性もあるとのこと。
 
d) 昼食後
 昼食後、もう一度プールで泳いだ。プールから部屋に戻ってシャワーを浴びようとしたらなんと断水(水も湯も)。しばらくして出始めたので頭にシャンプーした途端また断水。どうしようかと思ったが、しばらくしたら復旧したのでまずはよかった。こんなことで驚いてはいけない。
 
e) Cultural Programme of the Diocese of Denpasar
 14時30分から、バスでバリ島の教会訪問に出た。何と、パトカーが先導してのドライブで、赤信号も無視して進む。ジャカルタの枢機卿がいたせいか、バチカン大使がいたせいかは不明。もしかしたら監視されていたのかもしれない。
 案内は現地の信者の方で、バリ島の装束が似合う。神学校に入りヨーロッパに勉強に行ったが、司祭にはならなかったとか。フランス語と英語がぺらぺらで、両語を駆使して案内してくださった。巻き舌のすごいフランス語だった。
 バリ島全体には15の小教区があるそうだが、Kulibul Churchと Babakan Churchという二つの小教区を訪問した。両方の教会ともバリ島のヒンドゥー寺院に似た造りで、聖霊の彫刻も、鳩というよりガルーダに見えた。そのあとTuka神学院を訪問し、茶菓で歓待された。小神学校らしい。設備はよいとは言えないが、かなりの人数がいるらしい。
 そこからすぐ近くのTuka孤児院を訪問した。孤児院の子供達やシスターに歓迎された。子供達はバリの正装(初日のダンサーのような格好)をつけ、われわれ一人一人の耳に花を刺してくれた。それから一室で歓迎ということで茶菓とともに、歌やダンスが披露された。そこから行列ということで、子供達や小教区民の方々と数百メートルの道をガムランとともにTukaの教会まで行進した。教会ではわれわれ一人一人が紹介され、満場の小教区民と祈りの会をもった。この教会にはガムランの設備があり、典礼に使われている。ガムランの楽器は高価なのでなかなか買えないとのことである。また、ガムラン奏者には、信徒以外の人もいるとか。祈りは大部分インドネシア語でよく分からなかった。
 小教区付属のWidya Wahana図書室を見た後、Tuka小教区の講堂という広い場所(教会の隣)で、我々の歓迎会があった。目の前でいろいろ料理をしてくださり、これを笹の葉で編んだ器に取って食べる。われわれだけは一段高いところに座らされて変な感じであった。いろいろなパフォーマンスが演じられた。地元の人も食べていたが、われわれが帰ったあと、合奏したり踊っていた若者達が、食べ物に飛びついていた。
 この日の旅行はずいぶんバスで走ったようだが、泊まっていたバリ島の南端からほんの少し北西に行っただけのようだ。バリ島はジャワ島の隣の点みたいな島であるが、東西約120キロ、南北約80キロ、面積は5633平方キロで茨城県と同じくらい、かなり大きい。
 
7.11月30日(木)
a) 分団討議3
 この日はミサは閉会式として行うということで、朝食のあとすぐ分団討議が行われた。この日のテーマは、
1) 以下の問題にについて、あなたの経験と将来への示唆を具体的に述べよ。
 a) 原住民
 b) カトリック文化センター
 c) 平和の文化
2) 今後の汎アジア会議への提案
 人数も減ってきて議論はあまり盛り上がらなかった。原住民については、文化的な共同体の側面が強調された。カトリック文化センターについては、神学校との関係が問題になった。平和の文化については、harmony, not contrast ということが出てきたが、何を議論したかは忘れた。
 
b) 全体会議
 続いて、全体会議があり、各分団から報告された。
 
c) まとめ
 引き続き、用意されたConcluding Statementが読み上げられ、若干の議論の後承認された。これを準備した事務局は大変であったと思う。以下抜粋。
 「会合において、アジア社会の文化多様性と宗教の多様性が強調された。イエス・キリストの充溢は恵みの充溢であり、それはアジアの諸文化の中に生きている。アジアは、何千年もの歴史をもつ諸文化の地であり、多くの文明に寄与してきた。このような諸文化の中には神の恵みから注ぎ込まれた価値の宝がある。イエス・キリストをアジアの諸文化の中に、そして日常の現実の中に示すには、新しい適切な方法を見いださなければならないことが強調された。それによって、キリストの光と、神の愛の解放の力が、いまだ彼を知らない人々に一層明らかになるであろう。我々は、現地の言葉を学び、自分を土着の文化に浸たし、その時代の世界観を理解することの重要性を認識していた多くの宣教師の方々に感謝する。宣教師は、アジアの多様な民族、多様な宗教、多様な文化の現実に直面し、この挑戦を好機に変えたのである。
 アジアにおけるイエス・キリストへの信仰は、その地の言語、歌、舞踊、芸術、建築、典礼を通して多様な文化により表現される。この会合は、キリストを、博物館、美術館、図書館、文書、出版、セミナー、マスメディアなどを通して宣言し、脈動しいのちを与える伝統を受け入れつつ多様な固有の文化を結集し、その文化にキリスト教的な次元を吹き込むカトリック文化センターの活動に感謝する。
 何世紀にもわたって、カトリックの共同体は、小さな群でありながら、群に属さない人々をも含めた社会の中で愛といのちの対話を続けてきた。
 アジアにおけるカトリック教会は、『カエサルのものはカエサルに、神のものは神に帰せ』というイエスの教えを金言として、国を建設する活動は、イエス・キリストへの正しい信仰と両立するのみならず、その表現でもあることを理解している。キリストは、すべてのもの、すべての文化を充溢に導く方だからである。
 この会合は、イエス・キリストを恵みの充溢として宣言しようとする欲求は、主が教えてくださったように、キリスト者の信仰と人類への愛の最も自然な表現であることを強調する。人々とその文化を尊重しつつ、人々の文化状況の中で福音を人々に示すことは教会の義務である。
将来への展望:
 アジアの教会は対話を通しての宣教を信じる。それは、貧しいものとの対話であり、文化間の対話、宗教間の対話である。文化間・宗教間の深い対話を推進するには、相互の尊敬、互恵、愛、理解が必要であり、父の受肉した愛であるイエスのよき訪れが、イエスにまだ出会っていない人々に現存するようにならなければならない。我々は、各国の司教協議会に、この三重の対話に取り組むためにカトリック文化センターを推進するよう呼びかける。
 アジアの教会は、教育的活動やカリタスの活動を通して、何世紀にもわたって取り組んできた国の建設の活動を継続し、促進しようとしている。それにより、社会が、福音に秘められた価値に啓発され、その積極的な伝統的価値を評価し、保存し、促進するためである。われわれは、教会の教育的・社会的活動に責任を持つものに、真の正しいキリスト教的ヒューマニズムを促進する新しい戦略を展開するよう呼びかける。
 キリスト教基礎共同体(basic Christian communities)は、交わり(communio)の精神に生き、キリスト教の信仰を深め、同時にいのちの証人や心の対話となる小さな細胞である。それは、属しているより大きな多様な共同体への塩と光になることができる。われわれは、小教区を基礎的教会共同体として組織し、上に記したような目的にそって機能するよう特別な注意を払うことを勧告する。
 諸文化の全体的(holistic)かつ文脈的(contextual)な福音化と、信仰のインカルチュレーションは、イエス・キリストの充溢をアジアにおいて完全に生きたものにするために必要である。それは、証し、祈り、宣言、文化間・宗教間対話、いのちの尊重と人間の全体的な成長を促進するための社会奉仕など多様な側面から成り立っている。
 家庭は社会の基礎である。アジアの文化はそろって家庭に特別な位置を与えている。アジアの文化に既に存在する家庭の価値に基づいて、家庭はイエス・キリストの充溢を体験することができ、いのちのゆりかご、愛のるつぼ、良い知らせの価値を教える学校、共感、犠牲、寛大さの温床となるのである。各教区が、家庭の価値を守り促進するためにその地で必要な司牧計画を準備するよう呼びかける。
 信じる共同体は、その教え、活動、対話、なかんずく模範と証しとによって、我々の社会に忍び込む、とくにグローバリゼーションの大波によって忍び込む、物質主義的、快楽主義的、不可知論的傾向に対する防壁となることができる。
 芸術と建築は、イエス・キリストその人を、美の表現を通して現存させることができる。よく知られているように、聖書のテーマは、カトリック芸術家にも、カトリックの信仰に属さない芸術家にも、豊かなインスピレーションの源泉であった。芸術や芸術的活動は、文化の福音化と、信仰のインカルチュレーションの手段として推進されなければならない。
 福音化の作業の中でもっとも重要なのはいのちの真実性である。したがって、我々は、真実の、証明可能な、触ることのできる、輝く霊性、すなわちキリストのかおりを推進するよう努力しなくてはならない。キリスト者個人や共同体が、このかおりを真に放射するなら、ゆっくりではあるが確実に、アジアのすべての文化と文明をキリストの充溢に導くことができるであろう。
 土着の民族の文化は、キリストとそのメッセージに対して大きく開かれている。教会は、対話と証しの活動を通して、かれらにキリストを現存させるよう努力すべきである。土着の民族への福音化の努力のためには、その土地の文化的資源をどう掘り出すか研究しなければならない。
 カルトやセクトは、精神的な渇望を持つ若者に広まっているので、教会はキリストこをその渇望を潤すものであることを示す、新しい創造的な方法を探求しなければならない。
 新しい都市化は新しい福音化を必要としているので、司教や聖職者は、奪われた者をケアするチャリティーを通して挑戦に答え、抑圧され周辺化されたもののための社会的正義を選び、新しい文化的現実に答える司牧の再構成を行い、現代の問題に答えるカテケシスを工夫し、典礼を改革し、すべての都市を「神のくに」としなければならない。
 カトリック教育は、学問的優越性のみでなく、イエス・キリストの教えに基づいた十全な人間の発展を促進することにより、真に「カトリック的」になるよう強く勧告する。イエス・キリストを学校、大学やその他の教育施設に現存させることにより、福音の充満する文化、平和と将来への共感の文化を創り出すことができるのである。
 現代世界では、社会の通信は、文化と価値の双方に非常に強い影響力を持っている。イエス・キリストは、道、真理、いのちであるから、有能で知的なメディアを通して、アジアの文化の中に現存することができる。印刷メディア、テレビ、映画、情報技術などの手法を使って、イエス・キリストが啓示した恵みの充溢に満たされた文化を促進し創造するために特別な努力が必要である。
 アジアにおける教会は、イエス・キリストの神秘を証しし宣言することにより、導く光、味を与える塩、粉のパン種とならなくてはならない役割をよく認識している。われわれの意志が将来を形作るのである。成功するか失敗するかは、他人のせいではなく、自分の責任である。我々には力がある。前に立ちはだかる障害を取り除かなければ迷宮で迷ってしまう。我々の選択、我々の責任である。成功か失敗か、鍵を握るのは我々である。受肉した方の母、福音化の星であるマリアよ、子イエス・キリストの恵みの充溢をすべての国民、すべての文化に宣言することができるよう守りたまえ。」
 
d) 閉会ミサ
 閉会ミサは、すぐ近くの新しい小教区で行われた。これは昨日見たような小教区と違って、完全に西欧的な教会である。冷房も完備していた。小教区の多くの信徒も参加してくださった。
 
e) タナ・ロット寺院の訪問
 昼食後、有名なヒンドゥー教のタナ・ロット寺院を訪問した。これも昨日と同様にパトカーの先導付きのバス旅行であった。寺院自体には入れないが、周辺はかなりの混雑であった。案内は昨日と同じバリ島の信徒の方。英語で案内していても、自然にフランス語に変わってしまうので、「英語、英語」としょっちゅう注文を付けていた。ヒンドゥー教の写真5習慣などについて、詳しい説明を受けた。
 タナ・ロットは夕日(写真)がきれいなので有名であるが、時間的には少し早かった。1時間ほど現地でぶらぶらして戻ってきた。
 
f) 最後の晩餐
 夜7時半から、ジャカルタの大司教、Julius Darmaatmadja枢機卿の招宴によるお別れパーティーがあった。これはクタのダウンタウンの高級レストランであった。実は、私は夜10時過ぎの飛行機で帰る予定なので、事務局のご厚意によりちょっと早めに食事をさせてもらった。そのレストランの隣は寿司屋で、そこの日本人のマスターとも少し話した。
 宴が始まり、挨拶と乾杯の後、8時頃、枢機卿にお断りして宴を辞した。
 
g) 帰路
 レストランの方に空港(すぐそば)まで送ってもらった。チェックインしたが、なんと飛行機は5時間遅れて夜中の3時発だという。すぐマイクロバスに乗せられて、ガルーダ航空指定の宿に。行った先は、高級リゾートホテルのRisata Bali Resort & Spa であった。これは、今まで泊まっていたPalm Beach Hotelとは目と鼻の先であるが、レベルは大違い。
 暑い中タナ・ロットへ行ったりしてかなり汗をかいたので、ゆっくり風呂に入って汗を流し、Palm Beachにはなかった日本からのテレビを見て過ごした。下着着替え一式を手荷物に持っていたのが役立った。
 夜中の1時半に集合して空港に戻った。空港の免税店は全く閉まっていて何も買えなかった。ただ、市中の免税店で預けた荷物の受け渡しのためだけに何人かが残っているようだった。そのため現地通貨が大分残ってしまった。何しろ50万ルピー(8000円強)も換えてしまったが、ほとんど使わなかった。空港でおみやげでも買うつもりでいたのであるが、何も買えなかった。
 3時出発は嘘で、それからまた遅れに遅れて、結局、デンパサール空港を出発したのは朝5時、ほぼ7時間遅れだった。これでは成田に朝8時到着のはずが、午後3時になってしまうと恐れたが、本来寄るはずのジャカルタをすっ飛ばして、成田に直行し、午前11時頃に着いた。やれやれ。金曜日なので、そのまま大学に向かいました。[了]