International Conference on Computational Physics, PC'97 報告

東京大学理学部情報科学
小柳義夫
oyanagi@is.s.u-tokyo.ac.jp

 PC'97 国際会議は1997年8月24日から28日まで、University of California, Santa Cruz 校にて開かれた。この会議は、IUPAPの支持の元で、アメリカ物理学 会 (APS) とヨーロッパ物理学会 (EPS) の共催で開催され、1年毎にアメリカと ヨーロッパとで交互に開催されている。今回は、CP-PACS について招待講演を頼 まれたこともあり、学術振興会未来開拓「計算科学」研究推進委員会の調査活動 の一環として参加した。

 なお、Drexel 大学の Feng 教授を中心としてアジアで4回 (北京、北京、台湾、 シンガポール) 開催されている同名の会議 International Conference on Computation Physics, ICCP-x があり、これも IUPAP の支持を受けている。実 はわたしはこちらの steering committee メンバーであり、今回は敵情視察とい う目的もあった。第5回 (1999) は日本で開くことが計画されている。両会議の 合併もそろそろ問題となっている。

 Santa Cruz は、San Francisco から南に100Km余り下がった海沿いの保養地で、 Monterey や Carmel のすぐ北に当たる。キャンパスは丘陵地帯に広大に広がり、 会議の場所は入口から数キロもあるところである。朝晩には鹿の群が校舎のすぐ 近くまで顔を出す。宿舎に当てられた贅沢なコンドミニアムと、食堂と、会議場 とがそれぞれ約1Kmも離れ、しかも数十mの高低差があり、毎日相当な距離を歩か された。あるアメリカ人は、"the healthiest conference I've ever attended" と言っていた。昼間はかなり暑くなるが、朝晩は寒いくらいで、大変快適だった。

 全体の参加者は約300人 (内、日本から30人程度) で、午前は plenary session、午後は parallel session (4 tracks) という構成であった。夜もいろ んな行事があり、朝の8時から夜の10時まで拘束され、なかなか heavy な学会で あった。まあ、自由にされてもやることはないが。


  1. 取り扱われたテーマ

     一口に computational physics と言っても、人によってさまざまなイメージ を持っている。今回の会議で扱われたテーマをざっと分類すると、

     plenary talks   parallel sessions 
    電子構造 2 2
    分子動力学 2 2
    モンテカルロ 1 3
    流体力学 4 3
    物質設計 3 6
    プラズマ 0 1
    device 2 1
    地質学 0 1
    素粒子 1 1
    quantum computing 1 1
    産業応用 1 1
    ASCI 7
    計算機 2
    object-oriented model 1 1

    といったところか。plenary は講演数で、parallel はセッション (1時間半程度) 数であることに注意。やはり、materials modeling (電子構造も含めて) と流体 力学が中心のようである。これに続くのが MD と MC である。MD が盛んなのは やはり軍事研究が背景にあるのであろうか。日本の場合と違って、構造計算ぽい テーマは、ASCIの一部を除いてほとんどなかった。これはアメリカでは別の分野 なのであろうか。


  2. 25日 (月) 午前の plenary talks から


    1. High Performance Computing in Automotive Industry

      Mc Tague (Ford)

       自動車産業にいかに計算機が活躍しているか、という話。高性能計算機の分野 別分類に、間違いばかり含んでいて信用できない Gunter のリストが出てきたの で、思わず目が点になった。Ford 社では、CPUパワーの60%が衝突解析、10%が CFD、25%がNVH (振動や騒音の解析のことらしい) 、残りは金属成型など。自動 車では、10-10 〜 1010 m までの多様なスケールが関係 している (多少サバ読 み) ので難しい点があるとのこと。計算機により、設計がより安くなり、かつ期 間が短縮された。

       ソフトは自前かという質問があったが、商用ソフトが主だとの答。


    2. Theoretical Studies of Nanotubes and Nanocrystals

      Louie (LBNL)

       Carbon や B-C-N nanotube の ab initio 計算でどこまで予言できるか。


    3. Simulation Challenges for Future Generation Electronics

      Leo (Intel)

       これまでの半導体技術は試行錯誤の段階にある。これをどこまで計算で設計が できるか。Siのバンドギャップ (1.2 eV) はLDA計算では0.5しか出ない。

       モデリングにはいろんなレベルがある。下から、equipment (エッチングガス の反応)、process (dopant profile)、device (drift diffusion), circuit, logic など。95年には0.40μだったが、外挿すると2010年には0.10μになり、 50GFが実現するはずだが果して可能か。

       MOS device では、電場の強さは一定だが、scale しないものは

      1.  turn-on voltage (threshold)
      2.  mobility
      3.  metal interconnect
      4.  gate oxide thickness

      である。特に gate oxide は、量子的サイズ効果、トンネル効果、structure reliability が問題だ (ここで、東芝のゲートの写真だったかを見せた) 。現在 は連続体として計算しているがサイズが小さくなると電子を粒子として取り扱う 必要が出て来る。

       新しい素材としては、SOI、Si/Ge、dual gate MOS、low temperature CMOS な ど。製造方法も問題だ。製造装置には$1B (1000億円) もかかるので、シミュレー ションが重要である。現在のステッパは1秒に1チップ焼き付けているが、AFM (Atom Force Microscope) ではどうなるか。今後、EUV、電子ビーム、x-線など が必要になる。

     午後は主として分子動力学の分科会に出たが、半分寝ていたのでメモはない。


  3. ASCIについて (25日夜)

     ASCI (Advanced Strategic Computing Initiative) については、25日の plenary で Mailhiot (LLNL) が講演した他、夜に ASCI 特別セッションがあっ た。


    1. The DOE Accelerated Strategic Computing Initiative: Enabling the tools for predictive materials modeling and simulation

      Mailhiot (LLNL)

       この目的は、full-scale integrated code を作ることだ。sub-grid zonal physics が重要になり、materials simulation が必要になる。condensed matter/atomic/nuclear/chemistry の全分野に関係する。戦術としては、

      1.  application development
      2.  high-end platform
      3.  environment
      4.  alliance with universities
      5.  one program/three labs approach
          (LLNL, SNL, LANL の3研究所に分かれていること)

      予算は、98年には200M$、2003年には350M$。

       要求としては、

      1.  3D hydrodynamics
      2.  primary cavity shape
      3.  boost reaction
      4.  energy coupling

      3次元にするのに1000倍、physicsで100倍の能力が要るので、2004年までに100TF の計算機を作る。

       alliance (大学との共同研究) の目的は、研究所でできないことを大学でやる こと、consensus を作ること、student training である。現在5大学と行ってい る。

      1.  Caltech dynamical response
      2.  Stanford turbulance simulation
      3.  U of Chicago astrophysical thermonuclear
      4.  Illinois (Urbana Champaign)  rockets
      5.  Utah accidental fires and explosions

       4つの要素がある。

      1.  thermodynamics/mechanical properties
      2.  metal and alloys
      3.  high explosives and organics
      4.  application


    2. Terascale Atomistic Computing for Materials Behavior

      Holian (LANL)

       高速の衝突における、固体中の衝撃波、亀裂、格子欠陥の振舞い。3.5M粒子の MDで初めて分かった。


    3. Atomistic response of metals with defects to shock loading

      Belak (LLNL)

       銅中における、void nucleation and growth.

       length scale   time scale 
      nucleation 1 nm <1 ns point defects
      early growth 10 nm 1-100 ns dislocation emission
      late growth 10n-1μ 0.01-1μs dislocation
      linking 1-100μ >1μs shear localization

       ASCI Blue Pacific (要するにRS6000SP) の8CPUで1時間かかる。


    4. Scalable Parallel Order(N) Tight-Binding Molecular Dynamics Simulations

      Kress (LANL)

       polymer の aging を、tight-binding quantum mechanical treatment で力を 計算する分子動力学で計算。並列化が容易で、計算量が O(N) であるような新し いアルゴリズムを示す。元々対角化が必要なので O(N3) であるが、 polynomial method で O(N2)、local truncation で O(N) となる。

       ASCI Blue mountain (SGI, ORIGIN) での CPU time vs. N のグラフを示す。確 かに直線的。4096台では、1M原子で1反復2秒。20M原子ではメモリが1TB要る。


    5. Large Scale Massively Parallel Electronic Structure

      Sears (SNL)

       電子構造を計算するプログラムMP-Quest を ASCI Red に移植した。これは、 orbitals の support を有限にして計算量を減らす。対角化にはSCALAPACK をも ちいた。この部分は、ASCI Red (Pentium Pro x 9000) では、100MF/node で走 る。ただし、1 node は2台のCPUを含む。


    6. Large Cell Simulation of the Magnetic Structure of Alloys

      Stocks (ORNL)

       合金の磁性の計算。O(N) local density approximation (LDA) を使う。

     昨年のSC96でもASCIのセッションがあったが、これとはだいぶ重点が違ってい た。今回はどんな物理をやるか、という点に重きが置かれていたが、SC96では、 そのために必要な計算パワーをどう実現するかということが中心であった。

     いずれにせよ、日本人である私は、このキナ臭いASCIプロジェクトを複雑な気 持ちで聞いていた。さる日本人参加者いわく、「連中は本気で原水爆のことを考 えているのかな?」


  4. 26日 (火) 午前のplenaryから


    1. Quantum Architecture of Novel Alloys and Compounds

      Zunger (National Renewable Energy Laboratory)

       Slater は1956年に、合金を作るより計算の方が速いといったが、今になって もそれほど簡単ではない。2種の原子からなるN原子の合金でも、2N 種類があり うる。そこで、一種の cluster expansion を提案した (PRB 43, 1593, 1991)。 この方法は k=0 で特異性があるとだめなので、フーリエ変換により除去する。 これを k-space cluster expansion という。Cu7Pt とか Ni7Al とかのD7構造は 計算が先に見つけた。


    2. Continuum Deductions from Molecular Hydrodynamics

      Banavar (Pennsylvania State Univ.)

       microscopic scale と macroscopic scale とのgapをいかに埋めるか。通常、 流体の境界では no-slip boundary condition を仮定するが、2種の液体が境界 で接している場合はおかしくなる。no slip ではなく、moving contact line が 必要になる。これは Dussan が指摘した。


    3. Transport and Diffusion in Porous Media: Computation at the Interface Between Physics and Geology

      Schwartz (Schlumberger-Doll Research)

       原油の採掘で必要になる多孔質物質中の流れの話。


    4. Materials, Computers, Software and The Department of Defense

      Singh (Naval Research Lab.)

       国防省が HPC modernization program で計算のインフラの革新を行っている が、これにより物資の第一原理計算が Density function theory によって可能 になる。近似としては

      1.  LDA, GGA, WDA
      2.  self-consistent
      3.  Car-Parrinello method (eigenvector と density を同時に改良)
      4.  eigenvector の展開
      5.  pseudopotentials

       high-Tc superconductor の Fermi 面はどうなっているか?


    5. The Challenge of Fermion Monte Carlo

      M. Kalos (Cornell Theory Center)

       plus-walker と minus-walker とをつかう彼の提唱した Fermion Monte Carlo についての話。調和振動子を例に挙げていたが、分子はいつ扱えるのだ? とい う質問に苦笑。


  5. 26日 (火) 午後の parallel から


    1. Magnetization Switching in Anisotropic Nanoscale Ferromagnets: Algorithms and Applications

      M. Novotny (Florida State University)

       Monte Carlo I での招待講演。speaker は元素粒子屋。Ising model に散逸項 を入れて、磁気記憶の焼失のシミュレーションをしたいということだが、なぜで きるのか理解できなかった。(PRL 74, 1 (1995)).


    2. Computational Fluid Dynamics and Quantum Field Theory

      C. Rebbi (Boston Univ.)

       Quantum Computing & Field での招待講演。topology change による NB 非 保存 (Rubakov 効果) が、非線形偏微分方程式の解と対応しているという話。


    3. Faster Fermion Monte Carlo

      P. de Forcrand

       contributed paper. quark loop のうちβのshiftに帰着できる分はgluonの 方に繰り込む方法。何で、ほとんどlattice屋のいないところでこんな一般講演 をする気になったのか?

     なおこの日 (26日火曜日) の夜8時からポスターセッションがあった。飲物 (アルコールは有料2ドル) と軽食付きで、かなり白熱した議論が行われていた。


  6. 27日 (水) 午前の plenary から


    1. Frontiers in Computational Fluid Dynamics

      Elaine S. Oran (Naval Research Lab.)

       CFD の application としては、内燃機関、汚染拡散、超新星などいろいろあ る。アルゴリズムの面でも、adaptive grid, mixed regime, time/space scales など。


    2. Discrete Models of Complex-Fluid Hydrodynamics

      B. M. Boghosian (Boston Univ.)

       多相流、非浸透流 (immiscible)、コロイド、高分子、液晶などの困難な問題 では、流体力学より分子動力学がよく用いられる。しかしこれは collision scale physics を無視している。coarse-grained MD が必要である。detailed balance を満たす、lattice-gas automata (Kadanoff-Swift model, HPP model, FHP model, Rothamn-Keller model), dissipative particle dynamics, lattice Boltzmann Equation, Direct Simulation Monte Carlo などのアルゴリズムにつ いて分析した。


    3. Numerical QCD Spectroscopy

      Don Weingarten (IBM)

       最近 Raman prize をもらったとの紹介があった。ほとんどQCDの講義。  fJ(1710) がglueball であると主張。


    4. Ultrascale computing

      E. D. Maynard Jr. (DARPA/ITO)

       計算機の夢を語った。ultraparallel computing (AI, quantum computing, ..), DNA computing, Hybrid computing(sensor that thinks).


    5. Quantum Computation

      D. Divicenzo (IBM)

       quantum computing についての解説。状態の重ね合わせがあること、2 qubits 以上になると 1 qubit の重ね合わせでは表現できないこと。あと、NOT, XOR な どの作り方など。もう少し複雑なものでは、prime factoring (Shor) など。な かなか分かりやすく面白かった。 基本的な困難は、switchingの速さと decoherenceの時間との関係。質問では、可逆性の話などが出た。

     この日の午後は、さぼって Santa Cruz の "down town" に出かけました。夜 は Banquet.


  7. 28日 (木) 午前のplenaryから


    1. Small is Different: Simulations for the Nanoscale

      U. Landman (Georgia Tech.)

       Nanoscale がいかに難しいかを力説。


    2. CP-PACS ― Parallel Computer for Computational Physics

      Y. Oyanagi (Univ. Tokyo)

       QCDPAX に到る PAX の歴史と、CP-PACS の基本的説明 (ホームページにある程 度) 。少し早く終わったら、山ほど質問が来た。「安定性は?」「現在、非常に 安定に動いている。」 「次の計画は?」「100億円取れたらね。現在、I/O, visualization の改良と、次期マシンへの基本設計を行う予定。」 「分割して 運転できるのか」「ハード的には8分まで、ソフトでも分割できる。」などなど

     この後、4つの講演があったが、飛行機の時間が迫ったので、志田君 (武蔵工 大、LLNLに滞在中) の車でサンフランシスコ空港まで送っていただきました。

以上、ざっと報告です。


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